SL音鉄’72

     【※本ページは音声ファイルのロードに若干時間がかかります】
 古いカセットテープが出てきました.8mmフィルム映像と同期させるつもりで,’72年のSL撮影行にカセットレコーダ(SONYマガジンマチック,TC-1160)を持参して録音したものです.当時でもトーキー撮影は不可能ではなかったのですが,基本的にはプロ・セミプロの仕事であり,機材も高価でとてもアマチュア,まして中学生の手の出せる代物ではなかったです.動画と映像を別々に記録しておけば,いつか合成できるだろうという漠然とした希望のもとに記録しておいたものの,8mmフィルムとカセットテープを同期させる手段が無く,42年間も放っておいたモノ.デジタル化でついに陽の目を見る時が来ました.というわけで,映像と音の多少のズレはご容赦ください.
 現在ではスマホ1台あれば静止画もビデオも撮れる時代ですが,当時はレコーダだけでも2.1kgあり(B5サイズ,単2電池x4本),これに35mmカメラ,8mmカメラ,三脚とカメラ2台用の雲台が加わり,重くて移動に苦労したものです.風防もなくレコーダを線路端に置いて採っただけなので風の音が入りますが,当時の生の音ですので補遺として掲載します.8mm映像と同期したモノは,別物として再掲アップしました.

関西線再掲・音付ビデオ風

↓加太→中在家に向かう6783レ.D51-1045+D51-614の後押し.1972.8.2

↓加太・大カーブ手前を行く261レ.安全弁を吹かせながらやってきます.後補機は赤ナンバー906号機,ピース.1972.8.19

元ページはこちら

↓山々に汽笛をこだまさせながら加太駅を出発する荷44レ.D51-1007+D51-??.1972.8.19

元ページはこちら

音源のみ

8mm撮影は行わず写真だけでしたので,音源に対応するを写真を掲載しています.

19720330C07 貴生川駅を発車する1791レ,D51-178が本務機で,C58-66の後補機付きです.雨が降っていたためレコーダを近江鉄道のホームに置いて写真を撮っていたので,電車の到着音も一緒に入ります(94秒).1972.3.30
元ページはこちら
19720331C05 峠を下ってきたD51-831と後補機(2268レ?)が加太駅手前を通過するところ.直前まで絶気で静かに下ってきたので,周りのファンも気づかず大慌て!汽笛が加太の深い山々にこだまします(61秒).写真は録音場所付近で荷44レの先頭に立つD51-831.1972.3.31
19720331C09 中在家信号場での1791レの退行汽笛(・・-/-).名阪国道がちょっとうるさいです(5秒),1972.3.31
元ページはこちら


同,出発の様子↓.腕木式信号機の切換音がすると,D51-178+後補機の汽笛の掛け合いで出発します(40秒).
19720331C10 19720331C11
19720819pr021 柘植駅を出発するD51-614,1293レ.汽車見物の子供とお母さんの声も(51秒).1972.8.19.
19720819pr025 レールを軋ませて柘植駅を出発するD51-940,1794レ.元ページでは後補機の連結待ちと書きましたが,音が短いので後補機無だったようです(91秒).1972.8.19
19720805pr001 恵那駅を出発し33‰勾配を登るC12-240.ドラフト音が遅いです(35秒).1972.8.5

元ページはこちら
ishi863-1 石巻線863レ.C11-215,小牛田の出発の音.ドレインを切ってます(65秒).1973.6.2

元ページはこちら

 いやぁ~,やっぱり汽笛とドラフト音+メカの音はいいですね!
それにつけても音源を編集していて改めて感じたのは,40年前のモノラルのカセットレコーダによる録音でも音のダイナミックレンジなど音質がうまく調整されており,当時のSONYのアナログ信号処理技術はやはりすごかったんだなあと感心しました.

おわり

コメント

コメントする