SL撮影行 (3)関西線 中在家信号場

加太駅から中在家信号場までは25‰の勾配が連続しており,現在でも関西線の有名な撮影スポットです.SL撮影の定番で人気があったのはカーブした大築堤で,今で言う「お立ち台」もありました.また,築堤手前の直線区間の上手には「ひな壇」もあり,山越えに奮闘している列車全体を収めるのに良い場所でした.

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加太駅-中在家信号場間で,筆者が撮影した場所です.

まずは直線区間で撮影した写真からですが,例によってカビ・キズがあるものは,40年前のネガやプリントということでご容赦ください.

25‰直線区間

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25‰の直線区間に挑む261レのD51.逆光でNo.プレートが読み取れませんが,煙室戸の錆びパターンに特徴があり,ほかにも何枚か撮影した機関車です.1972.3.31


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261レの後部補機です.この頃は未だ車掌車連結が原則だったので,岡山操駅のワフ35398が連結されています.1972.3.31

別の日に撮った261レの動画で,D51が25‰の直線区間で奮闘する様子です.列車は前からワラ+空トキ+レムの編成.後補機は1枚下の写真,906号・ピースです.

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大築堤を抜けて峠を下ってきた赤ナンバーD51-906[奈]牽引の「スズカランド号」.後藤式集煙装置付で,デフにタバコのピース缶の鳩のような装飾がついていたので,筆者は勝手にピースと仇名を付けてました.1972.3.31

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こちらは8月に撮影した同じ「スズカランド号」.D51-254牽引でヘッドマークも同じですが,4ヶ月の間に客車が旧客から12系にグレードアップされています.1972.8.2

D51-1045とD51-614による6783レがカーブを回って直線区間に挑む8mm動画です.列車の編成は261レと似たようなものですが,編成中ほどにコンクリートパイルを積んだチキが見えます.1972.8.2

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鷹取式集煙装置付D51-703[竜]牽引の貨物列車786レが,峠を下ってきたところです.絶気運転で静かに速く走ってきたので気づくのが遅れ,荷物を投げ出し大あわてて撮影しました.1972.8.19

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合間にはディーゼルカーもやってきました.山線なので2エンジン車が加わることが多かったですが,これはキハ35系4両で統一された35D.1972.8.19

大築堤

以下,大築堤での写真です.ここは最も有名な撮影スポットで,カーブ外側を高所から見下ろせる尾根筋はお立ち台状態で,いつもたくさんのファンが三脚を立ててSLを待ち構えていました.重油併燃装置の威力か,連続勾配で蒸気を大量消費しているにもかかわらず,安全弁を吹かせている機関車が多く見られます.

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D51-944[奈]牽引の荷41レ,後藤式集煙装置付で赤ナンバーでしたが,デフに装飾は有りませんでした.これはお立ち台下のカーブ内側からの撮影です.1972.3.31

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781レが築堤上を走行します.本務,後補機とも安全弁を噴かせて,万全の圧力状態.カーブ半径は300~350m程度だったでしょうか.1972.8.19

19720802pr007D51-895[奈]牽引で5両編成の荷41レがやってきました.1972.8.2 19720802pr008D51-895.赤ナンバー,デフ装飾無しで,後藤式集煙装置.1972.8.2
19720802pr009 1791レ,D51-718[亀].鷹取式集煙装置.1972.8.2 19720802pr004 781レの後部補機.1972.8.2
19720802pr006 2268レ,D51-403[奈]による後補機.鷹取式集煙装置.1972.8.2 19720802pr005 「スズカランド号」ではない臨時の12系が現れました.テールサインが読めません.1972.8.2
19720802pr003 329D.キハ52かな?1972.8.2 19720819pr010331Dのキハ55です.1972.8.19
19720819pr013781レの後補機.1972.8.19 19720819H02赤ナンバ-D51-940がファンの前を通過.1972.8.19.
19720819pr014荷41レのD51-832[奈],鷹取式集煙装置.1972.8.19 19720819pr0151791レ.機関車の煙室戸のサビ具合が2枚目と同じ.1972.8.19

中在家信号場

大築堤から1.5kmほど行くと,中在家信号場に到着します.勾配区間におなじみのスイッチバック式の駅で,業務用の簡易なホームがありました.列車交換のため加太方面から発着線に乗り入れ,対向列車が通過すると,今度はバックして上り勾配の引上線に乗り入れます.発車時は下り坂を使って,素早く加速して本線に入れるようになっていました.以下は構内の略図と退避手順です.



現在のようにPC制御理論やデジタル通信技術を駆使した列車制御と異なり,万事が汽笛合図による本務/後補機のアナログ職人技の世界.山々にこだまする汽笛とドラフト音,腕木式信号機の重々しい切替音が心に残りました.すぐ横の名阪国道を行きかうトラックの騒音がうるさくて残念でしたが,これは時代の流れ,すなわち貨物のトラックシフトを示していたのでしょう.

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勾配を上ってきた貨物列車が,本線から発着線に乗り入れるところです.右側,腕木式信号機のあるところは引上線.1972.3.31

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退行開始の汽笛「・・-」の後,発着線からバックで引上線に乗り入れ,出発を待っているところです.D51-178[奈].1972.3.31

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「ガッチャン」と重い音を立てて信号機の腕木が下がると,本務機の汽笛一声「-」,後補機の応答一声「-」があり,待ってましたとばかりにダッシュで発進していきました.1972.3.31

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車中から撮った中在家信号場の駅名版.1972.8.19

鉄道設備過去帳(2):トンネル遮蔽幕

中在家信号場の柘植寄りにある加太トンネルは,出口近くまで上り勾配のため,SLの排煙が乗務員室にまとわりつき,酸欠や窒息事故を起こす危険性がありました.そこで列車がトンネルに入るとすぐに入口にカーテン(遮蔽膜)を降ろし,列車の走行により後部に負圧を発生させ,煙を後ろに引き留める工夫がなされていました.ホンマカイナと思うような鉄道施設ですが,以下はトンネル入り口の巻上装置を車内から撮ったものです.

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加太トンネルの入り口にあった遮蔽膜巻上装置と監視小屋.トンネル番の掛員さんが待機しているのが見えます.この列車DCなので,トンネル進入後の幕の操作はありません.1972.8.19

 

 

 

 

(この回終わり)

SL撮影行 (4)柘植駅 に続く

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