ルポ探26.関西線再訪 1)奈良界隈

 前回の四日市・三岐鉄道訪問は,大阪から関西線ルートで名古屋へ出る途上でした.逆順になりますが,奈良界隈の様子です.

奈良駅

所用でたまに訪問することはありましたが,近鉄奈良駅がほとんどでJR奈良駅で降りたのは50年ぶり.綺麗な高架駅に変貌し,昔の面影はありません.

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ライトアップされた2代目の駅舎.奈良駅というとこの印象.曳家で保存され,観光案内所として活躍していました.

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205系と103系は奈良線で健在.4番線の近ナラNE403編成の622M京都行と,3番線に到着したNS407編成607M.久々に103系のモーター音を聞きました.

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5番線に快速3310Kとして到着後,回送となる221系,NC601編成.

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桜井線,高田行531Tは,昨年冬に導入の227系1000番台,新在家派出のSS01編成.一瞬,広島と勘違い.

奈良駅:1970年8月

さて現在の奈良駅は高架ホームに電車が発着する近代的な駅ですが,以下はExpo’70(大阪万博)のついでに訪問したときのもので,当然ながら地平駅です.なんせ筆者も当時は小学校6年生.カメラはハーフサイズのオリンパス・ペンEEで,カビネガ修正はご容赦.

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奈良線の気動車を待っていると,逆行で現れた88638[奈].当時奈良に居た唯一のハチロク(入換専用機)ですが,'71機関車配置表を見ると周辺では和歌山に78675,梅小路に48635の休車がいるのみで,ハチロクの現役は貴重でした.炭水車の向こうにはコールバンカも見えてますね.1970年8月.

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正面側からですが,まあカメラがイモなので露出が空に合ってしまい,修正しても真っ黒です.機関士さんがホームにいた赤ちゃん連れの母親に「汽笛の大きい音するから驚いて泣くかも」と注意していたのが優しい想い出ですかね.とはいえハチロクは3室階和音なので「ピーッ」という甲高い音がしました.

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キハ35系はもともと関西線のために開発されたので,若番は関西地区に集まってました.これはキハ36のトップナンバーが務める湊町行快速.快速を示す前サボがあったんですねぇ.ホーム向こうには荷物車や奈良機関区の扇形庫のファサードが見えています.

 

 

 

 

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たぶん天ナラのキハユニ16-8と思われます.運転台窓の両側に競走馬のブリンカーのような長方形のステーが飛び出しており,web上で確認すると他区のキハユニ16と異なっているので間違いないでしょう.向こうは10系と35系の混在DC列車で,車体サイズの違いが判ります.

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1970年8月の午後,ホームから見た奈良機関区.DF50やD51/C58らしき姿が見えます.給水塔も2本ありますね.現在このあたり,西口広場として再開発されてます.

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京都へ向かう途中,宇治駅で追い抜いたC58-135[奈]牽引の貨物列車.'71年の機関車配置表を見ると,135号機は次の年に休車になってしまったようです.

加茂駅

関西線もこの駅で大和路線とローカルの関西線に分けられ,電車と気動車の連絡駅に変貌.構内には青紫のキハ120がたむろしてました.

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橋上駅舎やロータリー,マンションなどすべてが新しく,開業したばかりの新駅のような印象でした.

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亀山寄りに留置されていたキハ120-11/15のペア.

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木津寄りにはキハ120-8/7のペアが留置.

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列車が無い時間帯は3-4番線階段にバリケードコーンが置いてあり,ホームに降りられなかったので,駅の外からのショット.

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233Dとして到着後,亀山行230Dになるキハ120-14/305.

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キハ120-14のワンマン運転台周り.

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加茂駅ホーム端から亀山方面を望む.ポイント先の勾配が,いかにも笠置山地に登るぞ!という雰囲気ですね.

さてこの後は,柘植→加太の懐かしいルート.中学生時代にD51を撮影に来た時の痕跡を探しますが,中在家信号場などはレールが撤去され,線路脇の植生も45年も経つとすっかり変わり,ソレと気付くまで時間がかかりました.以下はビデオからのスクリーンショットです.

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加太トンネルの入口.ポータルに立派な「加太」の扁額があります.

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トンネル出口に遮蔽幕の鉄骨枠組み.遺構として残ってました.

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中在家信号所のホームと思われます.スイッチバックの突込み線や加速線などは全く分からず!

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かつての「加太の大カーブ」もご覧の有様で,左手のお立ち台あたりは森林状態.右手の家並み(写真では見えません)でソレと気付いた次第.

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25‰の直線で活躍するD51を8mmや35mmフィルムで撮影したあたりも,スギ林と化していました.左手は田んぼから土手になっており,段差があって見通しの良い撮影場所だったのですがねぇ.

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綺麗な神福寺とカーブした加太駅の構内は変わらずでした.

初めて来たときは柘植駅から天カメの珍車キハユ15-4に乗り,加太駅に降り立ちました.現在のキハ120は小柄ですがパワフルで,登坂の速さに技術の進化を感じるとともに,沿線の植生の変化に「歳月人を待たず」が頭をよぎりました.同時にキハ120の配置地域が大糸線,高山線,津山線,三江線,美祢線などのローカル線なので,幹線だった関西線の凋落ぶりがチョット悲しかったです.まあ皆さんこの区間は近鉄に乗りますよね.

関西線再訪 2)亀山・四日市 に続く

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