C57-7 鉄道百年記念運転 ’72

 1972年は鉄道開通百年記念ということで,10月14-15日の両日,汐留-東横浜間にC57-7が牽引する記念列車が運行されました.2年前の高島線D51のお別れ運転以来,東京-横浜間にSLが運転されることが無かったので,沿線はにわかファンも加わり大変な騒ぎになりました(撮影日:1972年10月15日).

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桜木町駅のホームから撮ったC57-7の東横浜駅進入風景.この駅がDD13のいる貨物駅だったことがわかります.現在この辺りは「横浜ブルク13」が建っています.左奥の白い高層ビルは,建設中の横浜天理ビル.

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線路際は言うに及ばす,根岸線ホームも大変な人出.押し合いへし合いでロクにカメラを構えることが出来ず,ようやく撮ったのがこの写真です.東横浜駅の向側は,三菱重工・横浜造船所の建物とクレーンが見え,工場地帯だったことが分かります.右奥の白い船の見えるあたりは,現在,ドッグヤードガーデンになっています.

↓東横浜駅到着時の動画ですが,人に押されてかなりブレています.汽笛吹鳴の蒸気が目立ちます(60秒).

 桜木町駅大混雑の反省を踏まえ,帰りの列車は蒲田駅のちょっと品川よりの直線区間で狙うことにしました.大井変電所の横あたりで三脚を立てていると,職員さんが建物から出てきて「SL取りに来たの」と話しかけてくれ,しばしお話し.駅で買った缶ジュースも無くなり喉が乾いたので水を飲ませてほしいとお願いすると,「階段上がって飲んできていいよ」とのことで,変電所内部に入れてもらいました.強電関連の配電盤がズラッと並んでいたのが印象に残りました.内部の写真撮っておけばよかったのですが,そのときはSLが来たら大変だと気もソゾロで,変電所どころではありませんでした.
 通過時間が迫ると,どこからかにわかファンや小学生が出てきて,東海道線,京浜東北線の線路に立ち入る始末.おまけにC57のデッキには,安全確認の職員さんが2人乗っており,なんとも珍しい写真となりました.

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大井町を通過するC57-7牽引の鉄道百年記念列車.SLのデッキに職員が乗っての通し運転というのはおそらく前代未聞だったでしょう.列車到着までは行儀の良かったファンも,興奮して線路に立ち入る始末.

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こちらは最後尾の様子.子供らが京浜東北線の線路に立ち入り実に危ない.

↓大井町通過の動画です(30秒).

 帰りの大井町ホームでは「SL運転のため,東海道線,京浜東北線は一時運転見合わせしたので,遅れています」とのアナウンスが流れていました.これに懲りた国鉄は,以後京浜間でのSL記念運行をしなくなったと思われます.

おまけ:珍客

 SL列車を待っている合間に捉えた,東海道線の珍客です.ほとんどのファンはSLが目的なので,邪魔のもの扱いか全くの黙殺でした.

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突然現れた「常磐伊豆」の455/7系.東海道線東京口で唯一見られる急行形交直流電車でした.72年春までは定期列車だったようですが,8月の時刻表には8706M「おくいず52号」東京止りのスジになっているので,このときは季節列車だったのでしょう.秋葉原-東京間の連絡線が復活すると,「ひたち踊り子?」が乗り入れてくるのかな.楽しみですね.

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京浜東北線を横浜方面へ走行するクモニ13.妻の形状と窓配置から,モハ34の改造タイプと推定できます.ちょくちょく都内で見かけました.K05の運行番号が見えるので,K1405レ(大崎→上野→東京→桜木町→蒲田)が桜木町へ向かうところです.運転台下の「荷物電車」のサボは,白ペンで塗った板切れに黒ペンで字を書いてあるだけでした.いくらボロ荷電でももう少しちゃんとした看板作ってやればいいのにと,かわいそうになったことを覚えています.

参考HP;
デンチュウの鉄道ページ:http://tnk-ko.a.la9.jp/gallery1/niden.html

(おわり)

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