茨城ローカルDC回想 2.鹿島鉄道

鹿島鉄道は常磐線の石岡と鉾田間を結ぶ27kmほどのローカル線でしたが,実際は鹿島まで到達していないとの鹿島臨海鉄道と紛らわしいので,地元では関鉄時代の「鉾田線」と通称されていました.霞ヶ浦湖畔を走る「桃浦」-「浜」駅間には釣りを兼ねてよく出かけ,数少ない列車をシャッターに収めました.以下はKR型が登場する以前の1987-89年頃の記録です.

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新緑の浜駅を出発する22レ石岡行キハ712(元三井芦別鉄道キハ102.1958年新潟鉄工製).1987.5.4.

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同上712のサイドビュー.赤字対策のため,サンケイスポーツの派手なラッピング広告を纏っています.1987.5.4.

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浜駅の鉾田寄り築堤を快走するキハ602,19レ.国鉄のキハ07を関鉄(実際は西武所沢工場)で切妻,液体変速機,総括制御などの近代化更新を施したもの.頑張って走っているのをよく見かけましたが,昭和10年代製とは知りませんでした.1987.5.4.2

kiha07  kiha07_cab

ちなみにキハ07の元の顔(左)と機械式運転台(右)です.マニュアル車のようなシフトレバーとクラッチペダルがいかにも機械式.九州鉄道博物館にて2008.12.7

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一転して冬の寒々とした浜駅にキハ432(元加越能鉄道キハ126,1957年東急製)が到着するところです.バラストが入れ替えられたばかりですが,おそらく鹿島鉄道として最後の整備だったのでしょう.左側は田圃を隔ててすぐに霞ヶ浦で,撮影中もカモを狙うハンターが発砲していました.1988.2.14.

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浜駅のキハ715,28レです.元夕張鉄道のキハ254(1956年新潟鉄工製)で,転換クロスシート仕様だったため他のキハ700に比べてバス窓のピッチが狭いです.これもサンケイスポーツのラッピング車でした.1987.5.4.

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同じく浜駅にキハ601石岡行きが到着するところです.この辺りは5月の連休中に田植えが行われるので,水田は未だ水を張った状態.1989.4.30.

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田植えが終わったばかりの築堤上(浜-八木蒔間)を快走するキハ602,鉾田行.車は我が相棒の三菱ランタボ.1987.5.4.

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ほぼ同じ場所で撮影したキハ602ですが,水田に水が入っていないので,真冬の荒涼とした霞ヶ浦湖畔の趣です.1988.2.14.

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八木蒔駅は浜と桃浦の中間の峠上にあり,切り通しの中にある無人駅が山間部を思わせました.キハ713(元三井芦別キハ102)25レが八木蒔駅に向かって坂を上ってきたところです.1987.5.4.

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雪の残る切り通しを八木蒔から桃浦へと下るキハ711(元三井芦別キハ101).霞ヶ浦も鉛色で寒そう.1988.2.14.

桃浦には交換設備があり,待ち合わせの合間ののんびりした時間の流れる駅でした.

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桃浦で交換するキハ711,23レ鉾田行とキハ601,24レ石岡行.1987.5.4.

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明日は子供の日.元気に泳ぐ鯉幟の横を通過するキハ602,26レ.桃浦付近にて1987.5.4.

この後,石岡のニュータウン開発に合わせて1989年に石岡南台駅が開業し,KR-500型が増備されましたが,2001年に百里基地への燃料輸送が廃止されると経営が一気に悪化します.さらに2005年にTX(つくばエキスプレス)が開業すると,常磐高速バスの収入が激減した親会社・関鉄からの支援がなくなり,2007年4月に廃止されました.学園の住人が長年待ち望んでいたTX開業が,鉾田線の廃止に玉突き的につながるとは思いもかけないことで,ちょっと複雑な心境でした.

(おわり)

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