ルポ探12.鳥取 3)余部橋梁

 余部橋梁は是非とも行ってみたいスポットでしたが,なかなか訪問の機会がなく,30年前に「出雲」で寝ながら通過しただけ.せっかく近くに来たので何とか行ってみようと思い立ったものの,この辺りは山陰本線でも名うての閑散線区で,単純往復のシャトル撮影がオイソレとはできません.列車での渡橋と下部からの撮影を両立したかったので,さんざん時刻表を睨めた結果,往きは早朝に余部新橋を通って鎧駅で下車し,帰りは徒歩で餘部駅(←駅名はこの漢字)に戻り,橋を撮影することにしました.なお余部は兵庫県なので,前回に続きタイトル(鳥取)と相違アリです.

鎧駅まで

鳥取から鎧までは以下の列車に乗車しました.早起きはかなり辛かったですが,これも撮影のためやむを得ずです.
  鳥取6:17(522D)→浜坂7:01<乗継>浜坂7:04(162D)→鎧7:22

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早朝6時台に鳥取駅に入線してきた浜坂行522D.キハ47-146+35米トリの2連で,146は因幡の白ウサギが描かれた鳥取色.

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浜坂駅では豊岡行162Dに3分で接続.キハ47-1133+15福トヨの2連で,ワンマンの料金表などが異なります.米子/福知山支社の境界は東浜-居組間ですが,運転関係の実質分界点は浜坂駅.

 平日朝の乗客は通学の高校生がほとんどで,停車のたびに少しずつ増え,餘部駅では中学生も乗車してきました.ワンマンカーの先頭は確認用のミラーが邪魔で見通しはよくないですが,新余部橋を渡る様子の動画を撮影することが出来ました(76秒).

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鎧駅に到着した162D.乗客は数名ありましたが降りたのは筆者のみ.向う側の崖下は鎧漁港.

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鎧駅停車中の162D.ワンマン運転用の後方確認ミラーが目立ちました(左).学生さんを乗せた後,テールランプを輝かせて去っていきました(右).

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列車が去ったあとで構内を見回すと,餘部方面への煉瓦製トンネルポータルが真っ暗な口を開けていました.餘部駅開業(S34年)以前,住民はこのトンネルを通って鎧駅まで来ていたとか.現在は極めて静かな駅でした.

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鎧駅構内のキロポスト(京都起点187km)と駅本屋(右).海沿いなのに標高40mの高所.余部方面へのバス停はあるものの,1日4本では利用不可でした(香美町民バス→全但バスに委託).

余部橋梁

map鎧駅からは県道166号線を歩きましたが,R178まで山越えの登り道です.ちょうど出勤時刻なので,集落の方々が車で次々出勤していきましたが,ヒッチハイクで仕事の邪魔をというわけにもいかず.時間的制約もあり,餘部駅まで6kmの道のりを,ひたすら速歩で歩き続けました.

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連続40分の強歩でようやく余部新橋の見える場所に出ました.細身の一直線のコンクリート橋は2010年8月製なので,まだまだ綺麗な状態.旧鉄橋は左側の一部が残されています.

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下から見上げた余部部新橋.鳥取側に「空の駅」として,旧鉄橋の一部が残されています.下部のR178横には「道の駅あまるべ」があります.

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橋下を流れる長谷川の土手に保存されているNo.9ガーター桁.R178の真上に掛かっていた部分で,大きく「余部」標記.ドイツ製鋼材を石川島造船所で組んだもので,「橋守」さんの定期保守のおかげで103歳(1911年製)とは思えないきれいな状態でした.ペイント標記によれば,1992年11月が最終塗装.

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「空の駅」下部は公園に整備されており,トレッスル橋の橋脚部鉄骨が段階的に残されています.この鉄骨は米国製でなので,独米合作の橋梁ということになります.

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京都方面の様子.コンクリート新橋の橋脚が旧橋脚の広がりをうまく避けて設置されています.

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忘れられない昭和61(1986)年12月28日に起こった「みやび」の転落事故.横浜で鉄研の忘年会の最中に事故のTV報道が流れ,O先輩の「あ,みやびだ!」の一声に一同しばし氷漬け.慰霊碑の観音様とお地蔵様にしばし合掌してきました.

餘部駅

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餘部駅ホームの橋梁側の様子.先は「空の駅」につながっています.ベンチは橋脚を切り出した歴史もの.

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「空の駅」は旧鉄橋に防風板がついた遊歩道(左).先端からはカーブした新橋がトンネルにつながる様子が見えました.

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こちらは鳥取側の様子.切通し壁面をロックボルトで固めたあとがアリアリです.

帰りに乗車した1163Dの到着,発車の動画です(54秒).展望台からも撮影したかったのですが,この列車を逃すと次は2時間10分後だったので,やむなく乗車しました.

 コンクリート新橋もそれなりに現代的機構美がありましたが,やはり鉄橋時代の精緻な鉄工細工の全景を見たかったものです.それでも旧鉄橋の一部が観光スポットとして整備活用されている姿を見て,保存の在り方の一つとして感心しました.
【撮影日:2014年9月17日】

4)キハ三昧-1 に続く

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