明治・大正期のねじ式連結器と共に使われた緩衝器-バッファを車止めの緩衝装置として再利用している例が,トワイライトゾーンManual IVなどに掲載されています.撤去されてしまった所もあるようですが,近鉄の江戸橋駅,白塚駅/同検車区,川越富洲原駅など,名古屋線の三重県内に偏在しているようです.養老鉄道の大垣駅にもこれが存在しているとのことで,実物を観察してきました(訪問日:2012年11月10日).

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大垣駅の東海道線ホームから養老線乗換口に続く跨線橋.古レールの柱と鉄骨・木造の跨線橋は,かつてはどこの駅でも見られましたが最近では珍しい.斜めのブレース材が外観上のアクセント.

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中を通ると,昭和40年代にタイムスリップしたようでした.旧式の体育館の壁も,こんな板張りでしたっけ.

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ホーム側から見た養老鉄道改札口.自動改札機全盛となり,このような改札ラッチは大変珍しくなりました.左の改札はJRとの乗換専用.連絡切符が無いといったん外に出ることになります.

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大垣駅は揖斐方面と桑名方面へのY型分岐のスイッチバック駅です.ただし両方面への運行は分離されており.別々に電車が発着します.

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目指す車止めは2番線の末端にありました.第2種車止めの鋳物ゲンコツ部に代わり,バッファを取り付けた形状です.緩衝式には違いないですが,果たして効果の程は?

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バッファ部のクローズアップで,鉄博のマレー9856についてるものとそっくりです.竹の子ばねが見える開口部は本来横向きになるのが正しい車両への取付向きです.緩衝ヘッド部は歪んでいますが,平でなく凸型(「編集長敬白」でいうところのグー)に見えます.

養老鉄道の経営主体は複雑な経緯で変わっており,駅の開業自体は1913(大正2年)で,連結器の一斉取替えを行った1925(大正14)年よりかなり前です.名古屋線の分布も考慮すると,養老線・名古屋線がともに伊勢電鉄の経営だった時代(1926-1936年)に設置されたものと考えれば,バッファ大量廃棄後とも重なり,これを車止として社内で再利用したことに合点がいきますが,真相の程は???

さて,せっかくの機会なので桑名まで乗車しました(10:11発1050レ).養老鉄道では自転車の持ち込み乗車が可能で,運転台前面にも「サイクルトレイン」の看板が見えます.この日は絶好の行楽日和だったので町内会・子供会の団体が乗車しており,ちょっとしたラッシュ状態でした.途中駅で団体が降りた後,車内はいつもの様子に戻ったようです.

以下は美濃山崎-石津間の走行動画です(105秒).かなり使い込んだレールで,頭頂部すべてが光って見えレールが太く感じられるのと,半端でない揺れで動画を撮るときブレないように苦労しました.

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70分ほどして桑名駅に到着した513号です.もと近鉄だけに名古屋線のホームと共用ですが,今は別会社だけに鉄柵で仕切られ,乗換用の改札ラッチがありました.

(おわり)